それは、「切れ・切れ字」です。
俳句を江戸前の握り鮨に例えたとき、季語をネタ(魚)、それを受け止める定型をシャリ(酢飯)とするならば、切れ・切れ字は、味を引き締めるサビ(山葵)のように大事なものと言えるでしょう。
ここでは、初心者に向けて、切れ・切れ字とは何かを、私なりに説明してみたいと思います。
一.切れ ◆◆◆
次の二句を見てください。
@ 対岸の歩幅に合はせ青き踏み
A 引き出しの石握りしめ春を待ち
動詞の連用形で終わっている上の二句は、散文的な訳文を書いてみると、次のようになります。
@ 川の対岸を行く人と歩幅を合わせながら春の青草を踏み、
A 引き出しの中にあった石を握りしめて春を待ち、
つまり、@Aの訳文には、句読点のうちの読点「、」を打つをことはできますが、句点「。」を打つことはできません。
そこで、@Aの句を、次のような俳句に改めてみます。
B 対岸の歩幅に合はせ青き踏む (凡茶)
C 春待つや引き出しの石握りしめ (凡茶)
こうすると、散文的な訳文を書いたときに、下のように句点「。」を打つことができます。
B 川の対岸を行く人と歩幅を合わせながら春の青草を踏む。
C 春を待つ。引き出しの中の石を握りしめて…
このように、散文的な訳文を書いたときに句点「。」を打てる箇所、つまり、下の●を入れた箇所が、俳句における「切れ」の場所となります。
B 対岸の歩幅に合はせ青き踏む● (凡茶)
C 春待つや●引き出しの石握りしめ (凡茶)
俳句を作る際、初学の方は、@Aのような「切れ」の見当たらない俳句を作らぬよう心がけてください。
歴史的な経緯は別のページ(俳句に切れ字が用いられるわけ)で述べますが、俳句が俳句として成立するには、「切れている」部分が必要なのです。
なお、ここでは、わかりやすさのために俳句という韻文を散文のように訳してみましたが、本来俳句は散文になおして味わうものではありません。
韻文のまま、そのリズム、調べを楽しむものですので、常に散文化して解釈するような癖はつけないでください。
二.切れ字 ◆◆◆
「切れ」の直前に置かれた単語を「切れ字」と言います。
つまり、句中や句末において、表現を断ち切り、その直後に余情を生み出す語が切れ字です。
まずは、句中に切れ字のある俳句を、いくつか見てみましょう。
●の置かれた部分で俳句は切れています。
D やどかりや●怪雲壊れただの雲 (凡茶)
E 尼寺の置きたるごみや●鶴渡る (凡茶)
F げんげ田に放ちて追へり●竹とんぼ (凡茶)
G 糸取りの祖母逝きにけり●雪解雨 (凡茶)
H 母さんに刈られし頭●青田道 (凡茶)
上の例においては、DEの切れ字は「や」、Fの切れ字は「り」、Gの切れ字は「けり」、Hの切れ字は「頭」となります。
句中に切れ字がある場合、切れ字の直後に「間」が生まれ、その「間」が情趣を醸し出します。
次に、句末に切れ字のある俳句を見てみましょう。
I 豊年の星見て待てる始発かな● (凡茶)
J 鳴き砂にたんぽぽの絮埋もれけり● (凡茶)
K ふらここの鎖に泥の乾きたり● (凡茶)
L 蟷螂の共食ひ鎌を食ひ残す● (凡茶)
M 桜貝納めて贈るオルゴール● (凡茶)
上の例においては、Iの切れ字は「かな」、Jの切れ字は「けり」、Kの切れ字は「たり」、Lの切れ字は「食ひ残す」、Mの切れ字は「オルゴール」となります。
句末に切れ字がある場合、切れ字の直後に余韻が広がります。
室町時代、連歌師の宗祇は、連歌の発句(俳句のもとになったもの。詳しくは、こちらをクリック)に用いる切れ字として、かな、けり、もがな、し、ぞ、か、よ、せ、や、れ、つ、ぬ、へ、ず、いかに、じ、け、らんの18字を挙げました。
しかし、俳句の作者が「切ろう!」という意思を持って用いた語は、全て切れ字になり得ると私は考えています。
例えば、上に示した例のうち、「り」「頭」「たり」「食い残す」「オルゴール」の各語は、宗祇の挙げた18字の中には入っていませんが、例句の中では、切れ字としての役目をしっかりと果たしています。
松尾芭蕉はこのことに関して次のように言っています。
「切字に用ひる時は、四十八時皆切字也。用ひざる時は、一字も切字なし」
三.切れ字の代表格 〜や・かな・けり〜 ◆◆◆
上では、俳句の作者が「切ろう!」という意思を持って用いた語は、全て切れ字になり得ると述べました。
ただ、数多くある切れ字の中でも、「や」「かな」「けり」の三語は、特に強く詠嘆の意が込められる切れ字の代表格と言えます。
ですから、初心者は、この三つの切れ字を意識して多用し、早めに扱いに慣れる必要があります。
別のページで「や」「かな」「けり」のそれぞれについて、用い方などを詳述しています。
≪おすすめ・俳句の本≫
佳句が生まれる「俳句の形」 凡茶
==============================
■ 当サイトの筆者が執筆した本です!
■ 電子書籍(Kindle本)と製本版(紙の本)から選べます!
上の商品リンクのうち、左が電子書籍(Kindle本)のものです。廉価な商品となっており、購入・ダウンロード後、ただちにお読みいただけるというメリットがあります。Kindle本については、下で説明します。
上の商品リンクのうち、右が製本版(紙の本)のものです。「やっぱり本は、紙のページをめくりながら読みたいなあ…」という方のために用意させていただきました。
オンデマンド (ペーパーバック)という、注文ごとに印刷・製本されるタイプの本です。
いずれかをクリックすると、本著の詳しい内容紹介や目次を見られるAmazonのページが開くので、気軽に訪れてみて下さい。
さて、俳句には、読者の心に響く美しい形というものがいくつか存在します。
例えば、次の名句は、いずれも中七の後ろを「けり」で切り、座五に名詞を据える形をしています。
●凩(こがらし)の果(はて)はありけり海の音(言水)
●ひた急ぐ犬に会ひけり木の芽道(中村草田男)
また、次の名句は、いずれも名詞で上五の後ろを切り、句末は活用語の終止形で結ぶ形をしています。
●芋の露連山影を正しうす(飯田蛇笏)
●秋の暮大魚の骨を海が引く(西東三鬼)
筆者(凡茶)も、名句の鑑賞を通じて、このような美しい俳句の形を使いこなせるようになることで、次のような自信作を詠むことができました。
●糸取りの祖母逝きにけり雪解雨(凡茶)
●露の玉工場ドスンと始まりぬ(凡茶)
この本は、こうした佳句の生まれやすい美しい俳句の形を、読者の皆様に習得していただくことを目的としています。
なお、この本は、前著『書いて覚える俳句の形 縦書き版/横書き版』(既に販売終了)を、書き込み型テキストから「純粋な読み物」に改め、気軽に楽しめる形に書き変えて上梓したものです。
あちこち加筆・修正はしてあるものの、内容は重複する部分が多いので、すでに前著『書いて覚える俳句の形』をお持ちの方は、本著の新たな購入に際しては慎重に検討してください。
●Kindle本について
Kindle(キンドル)本とは、Amazonで購入できる電子書籍のことです。
パソコン・スマホ・タブレットなどに無料でダウンロードできるKindleアプリを使って読むことができます。
あるいは、紙のように読めて目に優しく、使い勝手も良い、Kindle専用の電子書籍リーダーで、快適に読むことも出来ます。
俳句の作り方 〜初心者入門と季語・切れ字の使い方〜
●● トップページへ ●●
姉妹サイト 「季語めぐり 〜俳句歳時記〜」へ
【俳句における切れ字の使い方の最新記事】
注意してやってみます。