季語は歳時記で調べられます

 俳句は五・七・五音の短い詩に、季語を入れて作ります。

 でも、初心者の方は、「季語なんてあまりよく知らないし… 困ったなあ」と思われるでしょう。

 心配は要りません!

 俳句で用いる季語は、歳時記という本にちゃんとまとめられています。
 歳時記には、季語の説明や季語の用い方、季語を用いた俳句の例が載っていて、とても便利です。

 これから俳句を始める人は、書店の俳句の書棚に行って、歳時記を選ぶことから始めましょう。
 俳句はお金のかからない趣味ですが、歳時記だけは必要です。

 はじめは、一冊に、春夏秋冬と新年の全ての季節の主要季語がまとめられている、「携帯型の歳時記」を買うとよいでしょう。
 2000円前後で手に入るはずです。
(ページの下部↓↓で紹介している、『今はじめる人のための俳句歳時記 新版』・『合本俳句歳時記 第四版』あたりがお薦めです。)

 そして、俳句作りに慣れてきたら、「百科事典タイプの大歳時記」を、一家に一組置くとよいでしょう。

 大歳時記には、季節ごとの本に分かれているものもあれば、一冊に、全季節の季語が乗っているものもあります。
 多くは、季語の説明や例句のほかに、写真や絵画、エッセイ、特集記事などが載っていて、めくっているだけで楽しくなってきます。
(少々、値ははりますが…)
(ページの下部↓↓で紹介している、『カラー版 新日本大歳時記 愛蔵版』あたりがお薦めです。)

 私も、俳句を始めて間もないころは、歳時記をめくるたびにいろんな発見があって、心がうきうきしました。

 西瓜(すいか)や朝顔が夏ではなく秋(初秋)の季語であることを知ったとき。
 甘酒が冬ではなく、夏の季語であると知ったとき。
 昼が長い(日永:ひなが)が春で、夜が短い(短夜:みじかよ)が夏の季語であると知ったとき。
 夜が長い(夜長:よなが)が秋で、昼が短い(短日:たんじつ)が冬の季語であると知ったとき。
 いずれの場合においても、目からうろこが落ちる思いでした。

 そして、俳句を長く続けているうちに、各季語が、なぜその季節に分類されているのか、実感としてわかるようになってきました。


 とにかく、みなさんが良い歳時記とめぐり合い、楽しい俳句作りの日々を過ごされるようになることを、願ってやみません。

 そして、いつかあなたの俳句が歳時記に載る日がくるかもしれません。

  歳時記にわが句見つけし夜長かな (凡茶)



≪おすすめ歳時記(初心者向け)≫

今はじめる人のための俳句歳時記 新版 
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■ 初心者のことを本当にわかっている歳時記です!


 これから俳句を始めてみようと思っている人、今後俳句を続けるかまだ決めかねているけど、とりあえず始めてみた人などのための歳時記です。

 @まず最初に使いこなせるようになりたい重要季語に的を絞っている、
 A覚えておきたい名句が例句として採用されている、
 B俳句Q&A・句会の方法など、初心者の知りたい情報を巻末にまとめてある、
 Cコンパクトで持ち運びに便利、
 D値段がお手頃


 …等、初心者がはじめに手元に置くには、最適の特徴を備えた歳時記です。

 「私が初学の頃にも、こんな歳時記があったらよかったのに…」と思える一冊です。



≪おすすめ歳時記(初心者&上級者向け)≫

合本俳句歳時記 第四版
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■ 春夏秋冬・新年… コンパクトな一冊に日本の四季が詰まっています!


 合本俳句歳時記は、持ち運びに便利なサイズで、値段も手頃なのに、春夏秋冬・新年、全ての季節の季語が掲載されています。

 大学の俳句会に参加するようになった私が、初めて買った歳時記も合本俳句歳時記でした。

 踏青(春の季語)、薄暑(夏の季語)などそれまで知らなかった言葉や、髪洗ふ(夏の季語)、木の葉髪(冬の季語)など意外な季語と出会うことができ、毎晩、夢中になってページをめくったことを覚えています。

 当時の私が買ったのは第二版でしたが、左の『合本俳句歳時記・第四版』は、季語の解説や掲載されている類語がさらに充実し、初心者にも上級者にもお薦めです。
 これから俳句に誘ってみようと思っているお友達へのプレゼントにも最適です。



≪おすすめ歳時記(上級者向け)≫

カラー版 新日本大歳時記 愛蔵版
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■ 写真・絵の豊富な大歳時記です!


 『カラー版 新日本大歳時記』は、かつて春・夏・秋・冬・新年の全5巻に分けて発売され、大ベストセラーとなった歳時記です。

 “愛蔵版”は、その内容が一冊にまとめられたもので、購入しやすい値段となりました。

 この歳時記は、季語の詳しい解説や古今の名句に加え、写真や絵も豊富に掲載されていて、俳句の勉強になるのはもちろんのこと、鑑賞していて飽きない芸術性の高い一冊でもあります。

 私は、愛蔵版が出る前の全5巻を持っているのですが、この歳時記のおかげで俳人としてスキルアップし、かつ、日本の風土と文化の素晴らしさを再確認することができました。
 この歳時記は、私の俳句生活におけるかけがえのないパートナーであり、大切な財産でもあります。




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季重ね・季違い(一つの俳句に一つの季語)

 俳句は季語を入れて作るものですが、一句に入れる季語の数は一つまでにしておくのが良いとされています。
 なぜなら、俳句を握り寿司とするならば、季語はネタにあたる最も重要な句の構成要素ですから、むやみやたらに重ねて握ると、食べる側(鑑賞する側)は、どのネタ(季語)に味覚を集中させたらよいのか、わからなくなってしまうからです。
 そして何より、それぞれの季語が互いに持ち味を打ち消しあい、一句を台無しにしてしまうこともあるのです。

 例を見てみましょう。
 次の俳句は私の自信作であり、用いた季語は「新じゃが」(夏の季語)です。

  新じやがや野風の先の田舎富士 (凡茶)

 座五の「田舎富士」は無季の言葉ですが、これを夏の季語「青葉山」と取り替えてみましょう。

  新じやがや野風の先の青葉山

 このような、一句に季語が二句以上入った句を「季重ね」あるいは「季重なり」の俳句と言います。
 この句を元の句と比べてみると、「新じゃが」という季語の持ついい意味での土臭さが、「青葉」という季語の持つ鮮烈さ、清々しさに負けて、影をひそめてしまっています。
 また、「青葉」という季語から感じる生き生きとした緑色も、「新じゃが」の持つ土の色と混じり合い、どこか濁ってしまっています。

 次は「青葉山」を秋の季語「紅葉山」に替えてみましょう。

  新じやがや野風の先の紅葉山

 こうなるともう滅茶苦茶です。
 「季重ね」の俳句の中でも、上のような異なる季節の季語が入ったものは「季違い」と言います。
 この句は、新じゃがの収穫期にあたる初夏の生命力を感じ取るべき句なのか、紅葉が色づく晩秋の趣を感じ取るべき句なのか、全く分からなくなっています。

 見てきたとおり、安易な「季重ね」「季違い」は、脂の乗ったトロと、程よく酢でしめたコハダを、わざわざ重ねて握って寿司の味を台無しにしてしまう行為と一緒です。
 初心者は「季重ね」の句、「季違い」の句をできるだけ作らないように、はじめのうちはしっかりと意識した方が良いかもしれません。

 しかしながら、季重ね・季違いの俳句が全てが悪いかというと、実はそうではありません。
 例を見ていきましょう。

■ 季語が互いに生かし合う「季重ね」

 次の句は、『おくのほそ道』に収められた松尾芭蕉の作品です。

  一家に遊女もねたり萩と月 (芭蕉)
      一家=ひとつや。

 この句は、自らが泊る旅の宿に、遊女も泊っていることに気付いたという設定で詠まれていますが、「萩」と「月」という二つの秋の季語が互いを補い合って、なんとも言われぬ良い雰囲気を醸し出しています。
 もしこの句から、「萩」という季語を取り去ってしまうとどうなるでしょう。

  一家に遊女もねたる月夜かな

 これでは、遊女と一つ屋根の下にいる生々しい緊張感ばかりが前面に出てしまい、もとの句の華やぎが褪せてしまいます。

 今度は、「月」という季語を取り去ってみましょう。

  一家に遊女もねたりこぼれ萩

 やはり月が無いと、もとの句の持っていた艶が、ほとんど失せてしまいます。

 この句のように、二つ以上の季語が、生かし合い、補い合って句の質を高めているような場合は、季重ねは全く気になりません。
 皆さんも、季語を二つ以上入れることで、俳句の質が明らかに良くなるのなら、鉄の掟のごとく「季語は俳句に一つだけ」のルールを守ることはありません。

■ 強い季語と弱い季語の「季重ね」

 まずは次の句を読んでください。

  蛤のふたみにわかれゆく秋ぞ (芭蕉)
      蛤=はまぐり。

 この句は、人々と別れて二見浦(ふたみがうら)へ旅立とうとする芭蕉が詠んだもので、やはり『おくのほそ道』に収められています。
 なかなか分かれたがらない蛤の「ふた(蓋)」と「み(身)」が分かたれるように、名残を惜しみながら人々と別れゆくという句意ですが、「蓋・身」と「二見」がかけられている機知に富んだ作品です。

 この句は、「ゆく秋」という秋の季語と、「蛤」という春の季語が詠まれていますので、いわゆる「季違い」になっています。
 しかし、この句で季語として働いているのは「ゆく秋」のみであり、「蛤」は季語としては扱われていません。
 もし、「蛤」が単独で俳句に詠まれたならば、春に旬を迎えた肉厚の蛤を季語として詠んだ句となりますが、「ゆく秋」のような強い季語とともに詠まれた場合は、蛤は季語としての性格を放棄します。
 つまり蛤は、時には季語として働き、時には無季の語としても働く「弱い季語」であると言えます。

 「強い季語」と「弱い季語」が一句に共存し、季語として働いているのが「強い季語」のみである場合は、季重ね、季違いはあまり気にならないのです。

 つい最近発見された次の小林一茶の句も、「雪」という強い冬の季語があることで、「猫の子」という弱い春の季語が、強い季語を支える無季に相当する語としての役割を担うようになっています。

  猫の子が手でおとすなり耳の雪 (一茶)


 ◎ 以上をまとめると、二つの季語が互いに生かし合っている場合や、強い季語と弱い季語の取り合わせになっているような場合は、「季重ね」「季違い」も全く問題にならないが、初学の頃は「季重ね」「季違い」の俳句はできるだけ作らないように心掛ける方が良いということになります。


 最後に、極めて例外的な季重ねの名句を紹介します。
 初心者はお手本とするより、鑑賞に徹した方がよいと思われる句です。

  目には青葉山ほととぎすはつ松魚 (素堂)
      はつ松魚=初鰹(はつがつお)。

 視覚で青葉、聴覚でホトトギスの声、味覚で初鰹と、全身の感覚を使って初夏を楽しんでいるわけですが、やはり味覚に訴えてくる初鰹が句の中心に座っています。
 作者の山口素堂は芭蕉とも親交のあった江戸時代前期の俳人です。



≪おすすめ・俳句の本≫

佳句が生まれる「俳句の形」 凡茶
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■ 当サイトの筆者が執筆した本です!
■ 電子書籍(Kindle本)と製本版(紙の本)から選べます!


 

 
 上の商品リンクのうち、左が電子書籍(Kindle本)のものです。廉価な商品となっており、購入・ダウンロード後、ただちにお読みいただけるというメリットがあります。Kindle本については、下で説明します。

 上の商品リンクのうち、右が製本版(紙の本)のものです。「やっぱり本は、紙のページをめくりながら読みたいなあ…」という方のために用意させていただきました。
 オンデマンド (ペーパーバック)という、注文ごとに印刷・製本されるタイプの本です。

 いずれかをクリックすると、本著の詳しい内容紹介や目次を見られるAmazonのページが開くので、気軽に訪れてみて下さい。

 さて、俳句には、読者の心に響く美しい形というものがいくつか存在します。

 例えば、次の名句は、いずれも中七の後ろを「けり」で切り、座五に名詞を据える形をしています。

  ●凩(こがらし)の果(はて)はありけり海の音(言水)
  ●ひた急ぐ犬に会ひけり木の芽道(中村草田男)

 また、次の名句は、いずれも名詞で上五の後ろを切り、句末は活用語の終止形で結ぶ形をしています。 

  ●芋の露連山影を正しうす(飯田蛇笏)
  ●秋の暮大魚の骨を海が引く(西東三鬼)

 筆者(凡茶)も、名句の鑑賞を通じて、このような美しい俳句の形を使いこなせるようになることで、次のような自信作を詠むことができました。

  ●糸取りの祖母逝きにけり雪解雨(凡茶)
  ●露の玉工場ドスンと始まりぬ(凡茶)

 この本は、こうした佳句の生まれやすい美しい俳句の形を、読者の皆様に習得していただくことを目的としています。

 なお、この本は、前著『書いて覚える俳句の形 縦書き版/横書き版』(既に販売終了)を、書き込み型テキストから「純粋な読み物」に改め、気軽に楽しめる形に書き変えて上梓したものです。

 あちこち加筆・修正はしてあるものの、内容は重複する部分が多いので、すでに前著『書いて覚える俳句の形』をお持ちの方は、本著の新たな購入に際しては慎重に検討してください


●Kindle本について

 Kindle(キンドル)本とは、Amazonで購入できる電子書籍のことです。

 パソコン・スマホ・タブレットなどに無料でダウンロードできるKindleアプリを使って読むことができます。

 あるいは、紙のように読めて目に優しく、使い勝手も良い、Kindle専用の電子書籍リーダーで、快適に読むことも出来ます。

  

   




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取り合わせ(二物衝撃)と一物仕立ての基礎知識

≪取り合わせ・二物衝撃≫

 白梅を模した練り菓子を、アルミホイルを敷いた紙皿に載せて出されても、あまり美味しそうに感じることはできません。
 しかし、漆器のお皿に載せて出されれば、とても美味しそうに感じることができます。

 逆に、炙ったスルメを漆器のお皿に上品に並べられても、さほど食欲は湧きませんが、アルミホイルを敷いた紙皿にどっさり盛られると、腹がぐうと鳴ります。

 このように、多くのモノは、上手に別のモノと取り合わせることによって、互いに真価を引き出しあって、単独では発揮できなかった良さを生み出します。

 俳句にも、一句の中で二つの事物(主に、季語と別のモノ・コト)を取り合わせることで、両者に相乗効果を発揮させて、読者を感動に導くような句が多く見出されます。

 そのような俳句を取り合わせの句、または、配合の句と呼びます。
 そして、取り合わせの句で、二つの事物が醸し出す効果・妙趣を、二物衝撃(にぶつ・しょうげき)と言います。

 実際に、取り合わせの句、つまり、二物衝撃の妙味が醸し出されている句をいくつか見てみましょう。

  花の雲鐘は上野か浅草か (松尾芭蕉)

  味噌豆の熟ゆる匂ひやおぼろ月 (中村史邦)
      熟ゆる=にゆる。

  けいこ笛田はことごとく青みけり (小林一茶) 

  初雪や少年院へ運ぶパン (凡茶) 

 一句目では「花の雲」(雲のように咲き誇る桜)と「鐘の音」、二句目では「味噌豆の煮える匂い」と「おぼろ月」、三句目では「けいこ笛」と「青田」、四句目では「初雪」と「少年院へ届けるパン」が、互いの良さを引き立て合っています。

 これらの俳句は、みな途中に切れが入る俳句(二句一章の俳句)で、切れの前に登場する事物と、後に登場する事物が互いに響き合っています。

 しかし、取り合わせの俳句、二物衝撃の句は、途中に切れの入らない一句一章の俳句でも作ることができます。
 例を見てみましょう。

  海士の屋は小海老にまじるいとどかな (松尾芭蕉)

  まさかりで柿むく杣が休みかな (水田正秀)

  あぢさゐに喪屋の灯うつるなり (加藤暁台)
      喪屋=もや。 灯=ともしび。

  襟巻をして東京の音の中 (凡茶)

 一句目では「たくさんの小海老」とそこに一匹まじった「いとど(カマドウマ)」、二句目では「柿」と「まさかり」、三句目では「あじさい」と「喪屋の灯」、四句目では「襟巻」(マフラー)と「東京の音」が二物衝撃の効果を醸し出しています。

 取り合わせ(二物衝撃)の句は初学の方でも比較的作りやすいので、季語をいろんな事物と組み合わせて、俳句の読者を「はっ」と思わせるような妙味を引き出して見ましょう。

 俳句という映画に、季語と言うヒロインと、取り合わせの語という助演男優を起用する監督になったつもりで、楽しんでみてください。


≪一物仕立て≫

 俳句には、他の事物と取り合わせずに、対象となる季語だけに意識を集中させ、その状態や動作を詠んだものもあります。
 そのような俳句を、一物仕立て(いちぶつじたて、あるいは、いちもつじたて)の俳句と言います。

 「一物仕立て」の句をいくつか見てみましょう。

  びいと啼く尻声悲し夜の鹿 (松尾芭蕉)

  春の海終日のたりのたり哉 (与謝蕪村)
      終日=ひねもす 哉=かな

  青柳や二すじ三筋老木より (佐久間長水)

  眼の限り臥しゆく風の薄かな (吉分大魯)

  大蛍ゆらりゆらりと通りけり (小林一茶)

 これらの句では、季語と別の事物を取り合わせていません。
 一句目は「鹿の鳴き声」、二句目は「春の海」、三句目は「柳の老木」、四句目は「辺り一面に広がるの薄(すすき)」、五句目は「大きな蛍の飛翔」だけが詠まれています。

 さて、こうした一物仕立ての句は、取り合わせの句に比べ、実はすごく作るのが難しいものなのです。
 一物仕立ての俳句は、季語の状態や動作を解説したような「理屈っぽい句」、読者に新鮮な感動を与えない「ありきたりな句」、工夫の足りない「安易な見たての句」になりやすく、佳句を生み出すのは容易ではありません。

 したがって一物仕立ての句は、取り合わせの句と比べると、ずっと数が少なくなります。
 私などは、一物仕立ての句は、今まで作ってきた句の一割程度かもしれません。

 しかし、一物仕立ての句は、いいものが出来るとすごく気持ちいいし、読者の心に強く響く、力強い俳句になることがあります。
 ですから、句会や俳句雑誌で評価される句を作るのは大変かもしれませんが、みなさんにも一物仕立ての句に果敢に挑戦していただきたいと思います。

 最後に、私の一物仕立ての句も、いくつか紹介させていただきます。

  蟷螂の共食ひ鎌を食ひ残す (凡茶)
      蟷螂=とうろう。カマキリのこと。

  おかはりのたび青の増す七日粥 (凡茶)

  白ワインほどの色ある春愁ひ (凡茶)

  春の川底の荒きを喜べり (凡茶)



≪おすすめ・俳句の本≫

佳句が生まれる「俳句の形」 凡茶
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 さて、俳句には、読者の心に響く美しい形というものがいくつか存在します。

 例えば、次の名句は、いずれも中七の後ろを「けり」で切り、座五に名詞を据える形をしています。

  ●凩(こがらし)の果(はて)はありけり海の音(言水)
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 また、次の名句は、いずれも名詞で上五の後ろを切り、句末は活用語の終止形で結ぶ形をしています。 

  ●芋の露連山影を正しうす(飯田蛇笏)
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 筆者(凡茶)も、名句の鑑賞を通じて、このような美しい俳句の形を使いこなせるようになることで、次のような自信作を詠むことができました。

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 この本は、こうした佳句の生まれやすい美しい俳句の形を、読者の皆様に習得していただくことを目的としています。

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俳句の宇宙 長谷川櫂著
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■ 俳句は深くて、面白いなあ… 心からそう思えた本でした!


 最も私の心をとらえたのは第四章「間について」
 この章を読み、俳句の「切れ」を「間」と捉え、その「間」をじっくり味わおうとするようになってから、既に目にしていた名句が、それまでとは違って見えてくるようになりました。

 また、第七章「宇宙について」も、面白くてあっという間に読んでしまいました。
 この章で、「造化」というものに関する著者の考え方を読んでから、芭蕉の時代の句に接する際は、その句が生み出される場としての「造化」というものを読み取ってみようと意識するようになりました。
 もちろん、私ごときが読み取ろうと思って読み取れるような浅いものではないのですが…

 とにかくこの本は、
 「自分が足を踏み入れた俳句の世界は、どこまでも深いんだなあ。そして、深みに潜れば潜るほど、新しい面白みに接することができるんだなあ… 」
 そんな気持ちにさせてくれる一冊でした。




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つきすぎの俳句・はなれすぎの俳句

 俳句を始め、句会に参加するようになると、「この句はつきすぎですね」とか、「この句ははなれすぎですね」などという言葉を耳にするようになります。
 あるいは「俳句はつかず、はなれずで」などというアドバイスを受けるようになります。

 つきすぎ即き過ぎ)とは、季語と別の言葉との取り合わせが、誰でも思いつきそうな在り来たりなものであるという意味です。

 はなれすぎ離れ過ぎ)とは、季語と取り合わせた言葉の間の距離感が大きすぎて響き合うところが全くなく、趣きが感じられないという意味です。

 ここでは、「つきすぎ」、「はなれすぎ」ということについて述べてみたいと思います。

≪つきすぎ(即き過ぎ)≫

 俳句を初めて間もない頃、大学の句会で次のような俳句を投句しました。

  星冴ゆる風呂屋帰りの味噌ラーメン
      星冴ゆ=冬の季語。寒さのため、星の輝きまでもが凍りつきそうなさま。

 しかし、参加したメンバーは誰一人としてこの句を採っては(佳句として選んでは)くれませんでした。
 冬空の凍える星と、風呂上がりに食べる温かい味噌ラーメンの取り合わせが、「つきすぎ」なのだと、皆さんがおっしゃいました。

 この種の取り合わせは、誰しもが思いつく在り来たりな取り合わせで、こういう俳句を見せられても、何の感動も覚えないと言ういうわけです。

 私も初学者なりに一生懸命作った一句だったので、あまりの低評価にショックを受けましたが、これ以来、季語と別の言葉を取り合わせる際は「つきすぎ」にならぬよう、十分注意するようになりました。

 それから何年か経った後、別の句会で次のような句を投句しました。

  桜湯や初めて結ひし日本髪
      桜湯=塩漬けにした桜の花を入れた湯。

 この句に関しては、かなり自信を持って投句し、実際に句会でも何人かの方が採って下さいました。
 しかし、句会の先生はこの句を採ってはくれませんでした。

 選評の際、なぜこの句を採って下さらなかったのか先生に尋ねると、晴れの席で飲まれる「桜湯」という季語と、晴れの席で女性が結う「日本髪」の取り合わせが、「つきすぎ」なのだと言うのです。

 「なるほど…」いやはや俳句とは奥深く、手強いものです。

 家に帰り、私はこの句を何とか一人前の句に成長させようと次のように改めました。

  初めての日本髪解く梅月夜 (凡茶)

 そして、この句を会誌に投句すると、今度は先生からも高く評価していただき、私の代表作となりました。
 「つかず、はなれず」の丁度よい取り合わせを見つけられたようです。


≪はなれすぎ(離れ過ぎ)≫

 俳句を初めて二,三年経った頃、「古都の夕雨(ゆうさめ)田に畑に」という七五調のフレーズが頭に浮かび、これになんとかして季語を取り合わせて一句に仕立てようと、試行錯誤したことがあります。

 そして、私は次のような俳句を完成させ、句会に出しました。

  猪や古都の夕雨田に畑に
      猪=いのしし。秋の季語。

 結果は大失敗で、誰もこの句を採ってはくれませんでした。
 選評の際、皆さんに感想を伺うと、「古都の夕雨田に畑に」の中七・座五は良いが、それと「猪」が「はなれすぎ」で、趣を感じないとのことでした。

 二物衝撃の効果を狙い過ぎ、あまりに距離感のある季語を取り合わせてしまったようです。

 数ヵ月後、私は、次のように句を改良して、会誌に投句し、今度は無事に掲載されました。

  紙雛や古都の夕雨田に畑に (凡茶)
      紙雛=紙で作ったお雛(ひな)さま。

 「紙雛」という「つかず、はなれず」の良い季語が見つかり、私のお気に入りの一句となりました。



≪おすすめ・俳句の本≫

佳句が生まれる「俳句の形」 凡茶
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俳句で楽しく文語文法 山西雅子著
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■ 文語文法を学ぶことと、俳句を鑑賞することが同時に楽しめます!

 文語文法(古語文法)の得意、不得意は、俳句の世界に足を踏み入れるか否かを決める際、結構、気持ちを左右するものです。

 私も理系学生でしたから、大学の俳句会に入る前、文法も知らずに俳句なんか始めても恥をかくかもしれないと、少し躊躇しました。

 左の本は、古今の俳句を例にとって、文語文法をやさしく丁寧に解説してくれる本です。私のような文語文法に自信のない俳人の、心強い味方です。






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