また、なぜ俳句は「有季定型」なのか?のページでは、「季語が有り、五・七・五音の定まった型をしている詩こそが、俳句であるというわけです」とも書きました。
実は、これらの記述は100%正しいわけではありません。
俳句の世界には有季定型、すなわち季語を入れた五・七・五音の俳句に固執することに疑問を抱き、季語の無い無季俳句を積極的に詠む作者や、季語の有無はもちろん、五・七・五の定型にもこだわらない自由律俳句を詠む作者も多いからです。
まずは、無季・自由律の名句を鑑賞してみましょう。
● 無季俳句
次の三句は、季語の有る無しよりも詩情を重視する立場をとり、無季俳句を推進した篠原鳳作の作品です。
しんしんと肺碧きまで海のたび (篠原鳳作)
碧き=あお・き。
身ごもりしうれひの髪は細く結ふ (篠原鳳作)
赤ん坊の蹠まつかに泣きじやくる (篠原鳳作)
蹠=あうら。足の裏のこと。
一句目は、季感を超える壮大かつ爽快な自然感の備わった名作です。
二句目は鳳作の妻、三句目は鳳作の娘への情感がこもった作品であり、あえて季語の持つ季感を必要としていません。
では、もう少し、無季の傑作を見ていきましょう。
女工らは路地あるごとに消えてゆく (堀内薫)
戦争が廊下の奥に立つてゐた (渡辺白泉)
広島や卵食ふ時口開く (西東三鬼)
見えぬ眼の方の眼鏡の玉も拭く (日野草城)
新聞紙すつくと立ちて飛ぶ場末 (三橋敏雄)
じつは、すでに江戸時代から俳句(当時は俳諧の連歌の発句)を有季のみとすることへの疑問は存在していました。
松尾芭蕉の弟子の向井去来は、その著書『去来抄』の中で、「恋・旅・離別」を詠む場合は、無季の句もあってよいのではないかと芭蕉が言っていたと述べています。
次の句は『おくの細道』には載っていませんが、その旅の中で芭蕉が詠んだ無季の句です。
海に降る雨や戀しきうき身宿 (松尾芭蕉)
戀しき=恋しき。
うき身宿とは、浮身宿、すなわち遊女宿のことを詠んだとする説が有力ですが、芭蕉が、雨に打たれながら旅の宿を探す己を「憂き身」と表現したとする説もあります。
江戸時代の無季の句を、もう二句掲げておきます。
歌書よりも軍書に悲し吉野山 (各務支考)
亡き母や海見る度に見る度に (小林一茶)
● 自由律俳句
季語の有る無しにこだわらないのはもちろん、五・七・五音の定型にもこだわらないのが自由律俳句です。
こう書くと、自由律俳句なんてただの短文ではないかと思う読者もいるでしょうが、そうではありません。
筆者(凡茶)は、自由律俳句とは、「必要最小限の言葉から成る韻律(メロディー)を持つ短詩」であると考えています。
いくつか名句を紹介するので、意味だけではなく、その音も味わって下さい。
酔うてもたれて正月の屏風 (河東碧梧桐)
死期明らかなり山茶花の咲き誇る (中塚一碧楼)
棹さして月のただ中 (萩原井泉水)
雨の日は障子しめて雨の音ばかり (海藤抱壺)
こういう思想をもって黄ばんだ街路樹を仰いでいる (栗林一石路)
無礼なる妻よ毎日馬鹿げたものを食わしむ (橋本夢道)
ところで、この夢道の句を読んで、「は?」と思った読者も多いのではないでしょうか。
実は、この句は、戦争の匂いがまだプンプンと漂っている1954年に出された句集に収められている作品です。
それを踏まえて読むと、夢道の真意がわかると思います。
次の句も、同じ作者の作品です。
あれを混ぜこれを混ぜ飢餓食造る妻天才 (橋本夢道)
筆者は有季定型の俳句作者であり、これからもその道を究めていくつもりですが、自由律の俳句を鑑賞するのは大好きです。
特に種田山頭火、尾崎放哉の自由律作品には幾度も、幾度も心打たれ、時には涙しました。少しですが、二人の名作を紹介します。
分け入つても分け入つても青い山 (種田山頭火)
酔うてこほろぎと寝てゐたよ (種田山頭火)
父によう似た声が出てくる旅はかなしい (種田山頭火)
咳がやまない背中をたたく手がない (種田山頭火)
あるがまま雑草として芽を吹く (種田山頭火)
こんなよい月を一人で見て寝る (尾崎放哉)
一日物云はず蝶の影さす (尾崎放哉)
心をまとめる鉛筆をとがらす (尾崎放哉)
淋しいぞ一人五本のゆびを開いて見る (尾崎放哉)
いれものがない両手で受ける (尾崎放哉)
● 自分が目指すべき俳句を見つけよう
ここまで、無季・自由律の俳句について述べてきましたが、これから本格的に俳句を始める人は、いずれ、次のうちのどれかに目指す俳句をしぼる必要があります。
@有季定型の俳句
A無季の作品も積極的に詠む定型の俳句
B自由律俳句
いろんな名作に触れ、自分が最も進みたい道を見つけて下さい。
道が見つかったら、志を同じくする俳句結社に所属しましょう。
蛇足ですが、自由律俳句を作りたい人が有季定型の結社に所属し、「俳句は季語や定型のしばり無く、もっと自由に作るべきだ」などと主張してはだめですよ(笑)。
逆に、有季定型の俳句を作りたい人が自由律の結社に所属し、「俳句は季語を入れて、五七五で詠むもの。自由律は俳句に非ず」などと主張するのもだめですよ(笑)。
いちいち言われなくてもわかってるよ!って話ですよね。
≪おすすめ・俳句の本≫
佳句が生まれる「俳句の形」 凡茶
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この本は、当サイトの筆者である凡茶が書いたKindle(キンドル)本です。Kindle本については、下で説明します。
さて、俳句には、読者の心に響く美しい形というものがいくつか存在します。
例えば、次の名句は、いずれも中七の後ろを「けり」で切り、座五に名詞を据える形をしています。
●凩(こがらし)の果(はて)はありけり海の音(言水)
●ひた急ぐ犬に会ひけり木の芽道(中村草田男)
また、次の名句は、いずれも名詞で上五の後ろを切り、句末は活用語の終止形で結ぶ形をしています。
●芋の露連山影を正しうす(飯田蛇笏)
●秋の暮大魚の骨を海が引く(西東三鬼)
筆者(凡茶)も、名句の鑑賞を通じて、このような美しい俳句の形を使いこなせるようになることで、次のような自信作を詠むことができました。
●糸取りの祖母逝きにけり雪解雨(凡茶)
●露の玉工場ドスンと始まりぬ(凡茶)
この本は、こうした佳句の生まれやすい美しい俳句の形を、読者の皆様に習得していただくことを目的としています。
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なお、この本は、前著『書いて覚える俳句の形 縦書き版/横書き版』(既に販売終了)を、書き込み型テキストから「純粋な読み物」に改め、気軽に楽しめる電子書籍の形に書き変えて上梓したものです。
あちこち加筆・修正はしてあるものの、内容は重複する部分が多いので、すでに前著『書いて覚える俳句の形』をお持ちの方は、本著の新たな購入に際しては慎重に検討してください。
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俳句の作り方 〜初心者入門と季語・切れ字の使い方〜
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