このページでは、その三語の中でも特に頻繁に用いられる「や」の用い方や効果を説明します。
一.どのような語の後ろに「や」を付けられるか?
切れ字の「や」は、体言(名詞・代名詞)、活用語(動詞・形容詞・形容動詞・助動詞)の終止形・連体形・命令形、助詞など、様々な語の後ろに付けることが可能です。
このことは、「かな」が体言または活用語の連体形の後ろに付き、「けり」が活用語の連用形の後ろに付くと決まっていることとは対照的です。
この付き方の自由さは便利なようで、かえって初心者を悩ませます。
しかしながら、歳時記などに載っている俳句を見ると、切れ字の「や」の大半は名詞の後ろに付けられていることがわかります。
荒海や佐渡に横たふ天の河 (松尾芭蕉)
名月や煙はひ行く水の上 (服部嵐雪)
初学の方は、まずは名詞に「や」を付ける練習から始めてください。
また、動詞の終止形と連体形、形容詞の終止形の後ろに「や」の付いた俳句も比較的多く見出されます。
例を見てみましょう。
柿食ぶやあからさまなる灯のもとに (中村汀女)
この句は、動詞「食ぶ」の終止形に「や」が付いています。
時雨るるや我も古人の夜に似たる (与謝蕪村)
この句は、動詞「時雨る(しぐる)」の連体形に「や」が付いています。
長閑しや雨後の畠の朝煙り (小林一茶)
この句は、形容詞「長閑し(のどけし)」の終止形に「や」が付いています。
名詞に「や」をつけることに慣れてきたら、次は、動詞の終止形・連体形や形容詞の終止形の後ろに「や」を付ける練習を始めてください。
これが出来るようになれば、「や」の付け方はもう十分マスターしたと言えるでしょう。
二.俳句のどこに「や」を置くべきか?
下に例を示した通り、切れ字の「や」は、俳句の様々な場所に置くことが可能です。
ア) 上五の最後に「や」が置かれた句
菜の花や月は東に日は西に (与謝蕪村)
イ) 中七の最後に「や」が置かれた句
入りかねて日もただよふや汐干潟 (堀麦水)
ウ) 中七の途中に「や」が置かれた句
底叩く音や余寒の炭俵 (黒柳召波)
エ) 座五の最後に「や」が置かれた句
夏の月ごゆより出て赤坂や (松尾芭蕉)
ごゆ=御油。御油と赤坂はともに東海道の三河の宿。二つの宿場はとても近く、短夜の儚さを連想させる。
出て=「いでて」と読む。
これらの型のうち、特に用例が多いのは、上五の最後に「や」が置かれたアのタイプと、中七の最後に「や」が置かれたイのタイプです。
下にいくつか例を並べておきますので、まずはこの2つの型をマスターするとよいと思います。
特に、@〜Bのような、○○○○や(上五)/○○○○○○○(中七)/…名詞(座五)の型の俳句は基本中の基本ですから、徹底的に作り込んで慣れてください。
■■
@夏草や兵どもが夢の跡 (松尾芭蕉)
兵=つはもの。
A新じやがや野風の先の田舎富士 (凡茶)
Bかなかなや文字の小さき置き手紙 (凡茶)
かなかな=ヒグラシの鳴き声。
Cしまく夜や少年紅を試したる (凡茶)
しまく=強く吹雪く。
■■
D垣寄りに若き小草や冬の雨 (炭太祇)
E蝋燭のうすき匂ひや窓の雪 (広瀬惟然)
F朱の点となりし気球や雪だるま (凡茶)
G雌らしき亀の二郎や花月夜 (凡茶)
三.切れ字「や」を用いて得られる効果
切れ字の「や」は、その直後に俳句の切れ目を作り、間(ま)を生み出します。
そして、その間からは言外の情趣が醸し出され、読者の頭の中で広がります。
例えば、次の句を見てください。
涼しさや鐘を離るる鐘の声 (与謝蕪村)
この句、上五と中七の切れ目に「や」の作った間(ま)があります。
そのため、上五を読んだ時点で、読者はその間を埋めるように、様々な事物を頭に思い浮かべます。
汗ばんだ体を洗ってくれるような夕の風、まだ明るさの残る空に灯る星たち、昼の暑さから解放されて精気の戻った市井の人々等々…。
つまり蕪村の句は、「や」が生み出した間によって、上に述べたような心地よい空間を読者に連想させ、その上で、中七・座五でこれまた心地よい鐘の音を読者に聞かせているのです。
もし、この名句を、次のような、切れ字「や」を用いない句に変えてしまうとどうでしょう?
涼しげに鐘を離るる鐘の声
言外の情趣がほとんど湧かない句になってしまうことがおわかりいただけると思います。
もう一句例を見てみましょう。
煎じ茶や人待つ宿の雪女 (儀久)
この句の場合は、「や」の直後の間(ま)から、茶を煎れる音、その音の背後にある静けさ、その静けさの奥底にある恐れのようなものが、ずっしりと心に伝わってきます。
この句から切れ字の「や」を取り去ってしまうとどうでしょう?
茶を煎れて人待つ宿の雪女
やはり雪女への畏怖があまり伝わってこない句になってしまうようです。
切れ字の「や」は、その直後の間(ま)に、趣き、深み、感動などを生み出し、膨らませる効果を持つ、俳人にとって素晴らしい道具です。
また、「や」は、散文調の凡庸な句を、味わいのある韻文に高めてくれる力も持っています。
初学の頃から大いに使って、扱いに慣れていきましょう。
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さて、俳句には、読者の心に響く美しい形というものがいくつか存在します。
例えば、次の名句は、いずれも中七の後ろを「けり」で切り、座五に名詞を据える形をしています。
●凩(こがらし)の果(はて)はありけり海の音(言水)
●ひた急ぐ犬に会ひけり木の芽道(中村草田男)
また、次の名句は、いずれも名詞で上五の後ろを切り、句末は活用語の終止形で結ぶ形をしています。
●芋の露連山影を正しうす(飯田蛇笏)
●秋の暮大魚の骨を海が引く(西東三鬼)
筆者(凡茶)も、名句の鑑賞を通じて、このような美しい俳句の形を使いこなせるようになることで、次のような自信作を詠むことができました。
●糸取りの祖母逝きにけり雪解雨(凡茶)
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